Voice 029. 公認心理師を目指す人の臨床精神薬理 第2回
武蔵の森病院 岩瀬 利郎
第2章 非定型抗精神病薬の有効性(effectiveness)を検討した3つの重要なスタディとメタ解析,そしてamisulpride & zotepineについて
2.1 CATIE StudyとCUtLASS
Abbot, A. はNature誌2010年11月号において,市場で喧伝されるほど非定型抗精神病薬というのはその薬効 (efficacy) はともかく有効性 (effectiveness) ,つまりリアル・ワールドで患者さんに対して脱落も含めてどの程度有効と言えるのかという評価に対しては、様々な研究から疑問符が突き付けられており,開発は行き詰まり (deadlock)と言えるような状態になってきていると指摘している.
「リアル・ワールド」において非定型 (第2世代) 抗精神病薬は定型 (第1世代) 抗精神病薬と比較してどの程度の有効性 (effectiveness) があると言えるのかは,臨床家にとっては最も興味深いテーマのひとつであるが,実は今まで薬効 (efficacy) にばかり焦点が当たりがちでなかなかきちんとしたデータが出ていないというのが実情であった.それの嚆矢となったのが2005年に米国を中心とするLieberman, J.A. et al. により発表されたCATIE (The Clinical Anti-psychotic Trials of Intervention Effectiveness) study であり,翌年英国を中心としたJones, P.B. et al. によりCUtLASS (Cost Utility of the Latest Antipsychotic drugs in Schizophrenia Study )が発表されたが, 両者の結果ともに良い意味でも悪い意味でも多くの臨床家や研究者,製薬メーカーを戸惑わせるものであった.
以下にこの2つのスタディの結果を簡単にまとめておく.
1) CATIE study (2005-US): 18か月のrandomized, double-blind でolanzapine(ジプレキサ), qutiapine(セロクエル), risperidone(リスパダール), ziprasidone(本邦治験中) と定型薬とされるperphenazine(ピーゼットシー)でeffectiveness(有効性)には差がなく全体の4分の3が脱落した(ただしolanzapineだけ有意に持続期間がよかった)(下線筆者).
2) CUtLASS (2006-UK): 1年間のrandomized, open-label で第2世代(非定型)抗精神病薬(clozapine(クロザリル)を除く)は第1世代(定型)に比べてQOL, symptoms, costの面で優れているとは認められなかった。もっとも広く頻繁に処方されたのはsulpiride(ドグマチール,アビリット)であった(下線筆者).
CATIE study などの結果を受けて GlaxoSmithKline 社と Astra-Zeneca 社は抗精神病薬開発から撤退したと言われている.さらにCUtLASSなどの結果を受けて2009年3月英国NICE (National Institute for Clinical Excellence) は「非定型抗精神病薬を first-line として勧める」という2002年に作成した初発の統合失調症治療のガイドラインを改定し,「Benefit & side-effect profile に基づいて薬剤を選択するべき」となった.
2.2 EUFEST (The European First Episode Schizophrenia Trial)
CATIEやCUtLASSに続いてRené S. Kahn et al.によりヨーロッパを中心として行われた臨床試験EUFESTでは,以下のような結果であった.
EUFEST: open label, randomized clinical trialで 1年間のフォロー.第1世代(haloperidol(セレネース,リントン)) を対照として4つの第2世代抗精神病薬(amisulpride(本邦未発売), olanzapine, quetiapine, ziprasidone)の統合失調症,統合失調症様障害,統合失調感情障害に対する有効性(effectiveness) を評価した.治療中断は第2世代の方がhaloperidolより有意に低かった.Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS)で評価した症状の改善効果及び入院率は差を認めず.Clinical Global Impression (CGI), Global Assessment of Functioning (GAF) は amisulpride が優れており,quetiapineとhaloperidolは最も悪かった.うつ,QOL, 服薬遵守率は治療群間で差がなかった.
EUFESTの結果を受けてヨーロッパではOPTiMiSEという統合失調症治療のアルゴリズム化計画が出されている.これは最初全例にamisulprideを 4週間, その後amisulpride 6週間 または olanzapine 6週間投与するというものである.
2.3 Leucht, S. et al. のメタ解析
ドイツのStefan Leuchtを中心とするグループは2009年と2013年にそれぞれ多数の文献を渉猟して,数ある非定型抗精神病薬の中でどれが優れていると言えるのか統計的に示したメタ解析の論文をLacet誌に各々発表している.2009年のメタ解析は全般的症候だけでなく陽性症状,陰性症状,抑うつ症状などそれぞれの2次的アウトカムに分けた結果も出しているが,とりあえず主要アウトカムである全般的症候 (overall symptoms) に関する結果だけを見るとclozapineがトップであと順に amisulpride, olanzapine, risperidone, zotepine(ロドピン), aripiprazole(エビリファイ)が第1世代より優れているが, sertindole(本邦未発売), quetiapine, ziprasidone にいたっては定型薬より優れているとは言えないという結果になっている (図1).
2013年の解析ではhaloperidolより優れているとされるのはやはりclozapineがトップであと順にamisulpride, olanzapine, risperidone, paliperidone, zotepineであり,haloperidolの後塵を拝しているのはquetiapine, aripiprazole, sertindole, ziprasidoneで,続くのは定型薬のchlorpromazine(コントミン,ウィンタミン)になっており,さらにその下にasenapine(本邦治験終了)とlurasidone(本邦未発売)となっている(図2).どちらの論文でもこの順番は他のアウトカムのときはかなり入れ替わっている.このことは非定型といえども薬剤によってそれぞれターゲットとなりうる症状が異なるということを示しているのだろう.
2.4非定型抗精神病薬のAとZ
前記メタ解析で取り上げられた薬剤のうち現在主流となっているripseridone, olanzapineなどに混じってamisulpride とzotepine がかなり高い評価になっているが,どちらも米国で販売されていないためマイナーな存在である.これらの薬剤について簡単にまとめておく.
1) amisulpride:
Sanofi社が開発し1986年よりフランス,イタリア,ポルトガルに導入された抗精神病薬.構造的にも薬理学的にも sulpiride に非常に類似している(図3,図4).村崎によるとその効果から「スーパー・スルピリド」と呼んでもよいくらいで,この薬剤を日本で手に入れられる機会を逃したのは残念と言っている.低用量で抗うつ作用, 高用量で抗精神病作用があるとされる. 薬理学的にはPure D2&D3 antagonistとされるが, Stahl,S. は非定型でD2PAだと述べている.ここで注目すべきことは CUtLASSの結果から類推して(下線部に注目)英国でも日本と同じくsulpirideは非常にポピュラーに使用されていることである. 筆者の考えでは本来非定型抗精神病薬というのはsulpiride-likeな働きをする薬剤であると言っても過言ではない.
2) zotepine:
旧藤沢薬品(現在のアステラス製薬)により開発され1982年に我が国に上市されたが、残念ながら当時は非定型薬という認識はされていなかったと思われる(図5).1990年にドイツのKnoll社にライセンスされた後1998年にはEUで改めて「非定型」抗精神病薬として導入された.これらの細かい経緯について興味のある読者は筆者の総説を参照されたい.この薬剤はclozapineと同様に錐体外路症状の発現が少なく急性躁病や統合失調感情障害に効果のあることが知られ,致死的な顆粒球減少症は見られないとされている.第1章で説明したようにzotepineは-pineであるからclozapine-likeなMARTAと考えてよい.
2.5 この章のまとめ
上記amisulpride やzotepineのようにrisperidoneの上市以前の薬剤の中にはメタ解析で現在主流となっている非定型薬剤とeffect size で遜色ないものもある.これらの事実は逆に「流行の第2世代であってもいくつかの従来薬とそう変わらない」ということを確認していることになり CATIE, CUtLASS, EUFEST 等の結果を間接的に支持していることになる.すなわち非定型抗精神病薬と定型抗精神病薬との境界は薬理学的にも臨床的にも実はあいまいであり,その効果もターゲットとする症状によって優劣が逆転することがあり得るということである.これは世界精神医学会の51の定型薬と11の非定型薬の相対的な有効性に関するエビデンスをまとめた報告でも「錐体外路症状を最小限に抑え,抗コリン薬の使用が避けられたなら,非定型薬が定型薬より有用であるというエビデンスはない」という結論と一致する.
(つづく)
図1(文献8より引用)
図2(文献7より引用)
図3: amisulpride
図4: sulpiride
図5: zotepine
参考文献:
1) Abbot, A.: The Drug Deadlock. Nature, 468:158-159, 2010
2) 岩瀬利郎:見過ごされた「非定型」薬をめぐって―sulpiride, zotepine, そしてamoxapineから見た抗精神病薬の現況と展望
臨床精神薬理 15:1221-1229, 2012
3) Iwase, T.: All roads lead to dopamine: Implications for a unified dopamine hypothesis of schizophrenia, bipolar disorder and depression. P-24-024. 11th World Congress of Biological Psychiatry. June 23-27, 2013, Kyoto.
4) Jones P.B., Barnes, T.R., Davies, L. et al.: Randomized controlled trial of effect on quality of life of second- vs first generation antipsychotic drugs in schizophrenia: Cost Utility of the Latest Antipsychotic drugs in Schizophrenia Study (CUtLASS1). Arch. Gen. Psychiatry, 63: 1079-1087, 2006
5) Kahn, R.S., Fleischhacker, W.W., Boter, H. et al.: Effectiveness of antipsychotic drugs in first-episode schizophrenia and schizophreniform disorder : an open randomized clinical trial. Lancet, 371: 1085-97, 2008
6) Kahn, R.: Schizophrenia: the clinical and biological importance of effective early treatment. RNC: Lilly Asia Neuroscience Conference, Kobe, September 1, 2012
7) Leucht, S., Cipriani, A., Spineli, L. et al.: Comparative efficacy and tolerability of 15 antipsychotic drugs in in schizophrenia: a multiple-treatments meta-analysis. Lancet, 382: 951-62, 2013
8) Leucht, S., Corves, C., Arbter, D. et al.: Second-generation versus first-generation antipsychotic drug for schizophrenia: a meta-analysis. Lancet, 373: 31-41, 2009
9) Lieberman, J.A., Stroup, T.S., McEvoy, J.P. et al.: Effectiveness of antipsychotic drugs in patients with chronic schizophrenia. N. Engl. J. Med. 353: 1209-1223, 2005
10) モーズレイ処方ガイドライン第11版:上巻,Wiley Blackwell, 2013
11) 村崎光邦先生とのパーソナル・コミュニケーション
12) Stahl, S. M.: Stahl’s Essential Psychopharmacology, fourth edition, Cambridge University Press, 2013.