Voice 028. 公認心理師を目指す人の臨床精神薬理 第1回
武蔵の森病院 岩瀬 利郎
第1章 非定型抗精神病薬のボーダーレス化について
1.1 イントロダクション−非定型抗精神病薬の登場まで
1952年のchlorpromazineの発見と1959年のhaloperidolの開発が現在の統合失調症に対する薬物療法の先駆けとなったことは有名である.その後1963年に Carlsson, A. によって抗精神病薬の作用はドーパミン神経系の遮断であるとされ,1976年Seeman, P. らによってドーパミンD2受容体への親和性と抗精神病薬の臨床用量は相関していることが示された.ここに至って統合失調症はドーパミン神経系特にD2受容体に関与するシステムが亢進していることによって生じるとする「統合失調症のドーパミン仮説」が提唱され,現在に至っている.
従来から使用されていたhaloperidol(セレネース,リントン), chlorpromazine(コントミン,ウィンタミン)は定型抗精神病薬 (typical antipsychotics)ないしは第1世代抗精神病薬: first generation antipsychotics (FGA) と現在では呼ばれている.しかし必ずしもD2受容体占拠率が高い薬物が統合失調症治療に優れるというわけでもなく,錐体外路症状(パーキンソン症状)などの副作用も強く使いにくい状態が続いてきた.現在では65-80%程度のD2受容体占拠率が治療に最も有効であるとする考え方もある(治療の窓:therapeutic window).
そこで適切なD2 受容体結合能は保ちながら副作用を減らせないか,また統合失調症の陽性症状(幻覚や妄想,思考障害)だけでなく陰性症状(無為自閉など)にも効果のある薬剤をとの考えから開発されてきたのが,現在主流となっている非定型抗精神病薬(atypical antipsychotics)あるいは第2世代抗精神病薬:second generation antipsychotics (SGA)と呼ばれる薬剤である.
世界市場の動向を見ると(1971年clozapineが上市された最初の非定型薬だったが無顆粒球症で回収された後),1993年 risperidone(リスパダール)が最初のSDA (serotonin-dopamine antagonist)として上市され,セロトニン(特に5HT2A)の役割が重視されるようになり,これで決着しそうに思えた.2001年に出たziprasidone(本邦では治験中)もSDAである.
しかし1996年olanzapine(ジプレキサ), 1997年quetiapine(セロクエル)など多受容体標的薬MARTA (multi-acting receptor targeted agents) の登場でドーパミン仮説をめぐる状況は混沌としてきている.最初のclozapine(クロザリル:市場から回収後1989年米国FDAは厳格な血液検査のもとで難治性統合失調症にのみ使用を認めた)も含め,MARTAはドーパミンやセロトニンだけでなく,ノルアドレナリンやヒスタミン,アセチルコリンなど様々な受容体に結合活性を持ち,必ずしもD2 結合能はあまり強くない.一時はD2 受容体仮説の崩壊かとも思われた.
1.2 ‘第3世代’抗精神病薬の登場
新世紀に入り2002年我が国の大塚製薬が開発した aripiprazole(エビリファイ)が「ドーパミン受容体部分作動薬」dopamine D2 receptor partial agonist (D2PA)として作用する新しい非定型薬として登場する.パーシャル・アゴニストとはどのような作用か薬理学的には議論も様々あるが,臨床的には比較的低用量ではアゴニスト的にドーパミン作用を増強する方向に働き,比較的高用量になるとアンタゴニストとして,ドーパミン作用を抑制する方向に働く薬剤と考えていただいて差し支えは無いと思う.実はaripiprazoleはセロトニン5HT2AやドーパミンD3受容体に対する結合能も存在する.このようにドーパミン活性を適度に調節するように働くことが想定されることから,Stephen M. Stahlはaripiprazoleを‘dopamine system stabilizer (DSS)’と呼ぶことを提唱している.
ドーパミンD3受容体に関しては,振り返ってみると1986年にヨーロッパのみで上市されたamisulprideが pure D2, D3 antagonist としての性質を持ち,sulpiride(ドグマチール,アビリット)-like substituted benzamide とされて,非定型抗精神病薬としてEUFESTというヨーロッパ主導の臨床試験では評価が高いが,これはまた稿を改める.
1.3 非定型抗精神病薬の特徴とは
ひとくくりに非定型抗精神病薬といってもその薬理作用は様々であり,その本質はSDAやMARTAだけではなくD2 receptor loose bindingつまりD2受容体に結合してもすぐ遊離することにあるとする議論もある(clozapine, quetiapine, amisulprideなど).
上記のように明確な定義が完全には決まっておらず専門家によっても微妙に意見が異なっているが,上記の議論から筆者なりに非定型抗精神病薬の特徴を抽出してみると,
1) 歴史的には1971年に市場に投入された クロザピンclozapineが最初の非定型抗精神病薬とされている.
2) 薬理学的には SDA (serotonin dopamine antagonist)ないしは MARTA (multi-acting receptor targeted agent) またはドーパミン・パーシャルアゴニスト(D2PA)の性質を持っている物質.
3) 臨床的には統合失調症の陽性症状だけでなく陰性症状にも効果があり錐体外路症状(パーキンソン症状)が少ない薬剤.
4) 副作用として体重増加,耐糖能異常,血中PRL (prolactin) 値上昇,過鎮静などがある.
5) Stahlによるざっくりとした分け方で行くと,
a) -doneはSDA( risperidone, paliperidone(インヴェガ), ziprasidone, lurasidone(本邦未発売)).
b) -pineはMARTA(clozapine, quetiapine,olanzapine, asenapine(治験終了), zotepine(ロドピン)).
c) -pip/ripはD2PA(aripiprazole, brexpiprazole(治験終了), cariprazine(治験中)).
と考えてよい.
1.4非定型抗精神病薬の適応拡大−pine系薬剤を中心として
ここ10数年間特に新世紀以降の精神科臨床において非定型抗精神病薬の使用はその対象を統合失調症だけでなく,双極性障害やうつ病などにまで拡げており,これを本章のテーマ「ボーダーレス化」と表現した.
ここで主に-pine 系薬剤を中心になぜそういうことが起こりつつあるのか筆者自身の考えも含めて検討してみたい.ちなみに-pineとは不飽和の7員環を指して言うことが多い.まず図1を見て頂きたい.一見して分かるように-pine系薬剤は下段の3つclozapine, quetiapine, olanzapineのように通常診療で既にスタンダードに使用されている代表的非定型抗精神病薬であるが,同時に上段のamoxapine(アモキサン)はもともと抗うつ薬(日本では1981年から発売),loxapine(本邦未発売)は定型抗精神病薬として1975年から米国で上市されたものであった.
少なくとも2次元で化学式を見る限り,上段と下段の薬剤は構造的に非常に類似した物質であることは一目瞭然である.この図を見るだけでも非定型抗精神病薬と定型抗精神病薬には実は構造的に連続性があるだけでなく,amoxapineなど抗うつ薬とも連続性がある化合物であることが分かる.従ってもともと統合失調症薬として開発された薬剤が,比較的低用量では抗うつ薬として効果があるのも納得し易い話だと思うがどうだろうか.
Loxapine/amoxapineにはもう一つ興味深い事実がある.Loxapineの体内での主要代謝産物の一つがamoxapineなのである.周知のようにpaliperidoneはrisperidoneの主要代謝産物でありどちらも非定型抗精神病薬として製品化されている.ここまでくるとamoxapine自体にも抗精神病薬としての効果が期待されると考えたくなるのは当然の流れであって,ある研究ではrisperidoneと同等の効果があるとの報告もある.
次回では本稿で取り上げられなかったamisulprideやzotepineに関する興味深い事実を取り上げながら,非定型抗精神病薬と定型抗精神病薬には真に違いはあるのかという問題を掘り下げる.(つづく)
図1
参考文献:
1) Apiquian, R., Fresan, A., Ulloa, R.-E. et al.: Amoxapine as an Atypical Antipsychotic: A Comparative Study Vs Risperidone. Neuropsychopharmacology, 30: 2236-2244, 2005.
2) 岩瀬利郎:見過ごされた「非定型」薬をめぐって―sulpiride, zotepine, そしてamoxapineから見た抗精神病薬の現況と展望
臨床精神薬理 15:1221-1229, 2012
3) Iwase, T.: All roads lead to dopamine: Implications for a unified dopamine hypothesis of schizophrenia, bipolar disorder and depression. P-24-024.
11th World Congress of Biological Psychiatry 23-27, June 2013. Kyoto.
4) Stahl, S. M.: Stahl’s Essential Psychopharmacology, fourth edition, Cambridge University Press, 2013.